嗅覚・味覚の変化は認知症のサイン?60代からの備え

介護・見守り

杖・歩行器・車椅子でも自立できる暮らしの整え方

まさぴー
まさぴー

なるほど、匂いや味だけじゃなく、冷えまで一緒に見ておくべきサインだったのかもしれないんだね

母はフリージアが好きでした。届くたびに顔を近づけ、香りを楽しむ。部屋中に香りが広がると、笑顔が増える。「あれ、匂いがしない」そう言った日のことを、今でもよく覚えています。

ほぼ同じ時期に、食事の様子も変わっていきました。「美味しくない」とつぶやくことが増え、箸が進まなくなる。手足の先が、季節に関係なく冷たくなっていく。当時の私は、それぞれをバラバラの「年のせい」の一つとして受け止めていました。今振り返ると、あれはもう少しつながった話だったのかもしれない、と思うことがあります。

なぜ、あの変化だったのか

調べてみると、嗅覚の低下は、パーキンソン病や認知症などの神経変性疾患において、他の症状よりも数年早く現れる前兆として、これまでに数多く報告されているそうです。もちろん、嗅覚が落ちたからといって、それだけで何かが確定するわけではありません。副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎、加齢そのもの、薬の影響でも同じような変化は起こります。だからこそ、明らかな変化に気づいた時点で耳鼻科受診をしなかったことに後悔しています。目にみえる足の状態ばかりが気がかりになっていました。

「匂い」と「味」がほぼ同時に鈍くなったのも、実は偶然ではないようです。私たちが「味」だと思っているものの多くは、舌だけでなく、鼻から抜ける香り(専門的にはレトロネーザル嗅覚と呼ばれるようです)に支えられています。嗅覚が落ちれば、味の感じ方も一緒に鈍くなる。母の「美味しくない」は、そういう仕組みの上で起きていたことだったのかもしれません。

手足の冷えについては、また別の話として捉えたほうが良さそうです。高齢期の心身の衰えは「フレイル」と呼ばれ、身体的な脆弱性、認知・精神的な脆弱性、社会的な脆弱性という、それぞれ独立しながらも絡み合う側面があるとされています。冷えだけを認知面のサインと結びつけるのは早計ですが、複数の脆弱性が同時に進んでいた、という見方はできるのかもしれません。

「自分で気づける」は、思ったより短い時間かもしれない

認知機能の変化には、段階があるとされています。検査ではまだ異常が出ないけれど、本人だけが「あれ、おかしいな」と感じる時期(主観的認知機能低下、SCDと呼ばれるようです)。その先に、検査でも軽度の低下が確認される時期(MCI)。そして、日常生活に支障が出る認知症の段階へと続いていきます。

ここで少し皮肉なのは、この「自分で気づける」感覚そのものが、進行とともに薄れていくとされていることです。つまり、「あれ、おかしいな」と思えるうちに動かないと、後になるほど自分では気づけなくなっていく。母がエアコンを「もったいない」と言って消してしまっていたのも、今思えば、そういう自覚の揺らぎの一場面だったのかもしれません。

まさぴー
まさぴー

自分で気づけるうちに動かないと、後で気づけなくなるなんて…気づいたら、まず誰に伝えればいいの?

気づいたら、誰に、どう伝えるか

もし自分が同じ立場になったら、と考えてみます。思考実験として整理すると、こんな順番が現実的ではないかと思います。

まず、かかりつけ医。「いつもと違う」を比較できる基準、つまり以前の自分を知っているのは医師だけです。次に、離れて暮らす子ども。エンディングノートを通じて、すでに築いているつもりの伝達ルートを、ここでも使うことになります。そして、信頼できる友人や近所の人。日常のちょっとした変化に気づいてもらえる、日々の見守り役です。

訪問介護の事業所選びについては以前の記事でも触れましたが、いざという時に頼れる先を、元気なうちから知っておくことの意味を、この件を通じてあらためて感じています。

元気なうちにしかできない備え

調べていて印象に残ったのは、任意後見制度の本質が「自分が元気なうちに、自分で決めておく」ことにある、という点でした。将来、判断能力が不十分になったときに備えて、判断能力があるうちに、信頼できる人を自分で選び、契約という形で希望を残しておく仕組みです。

逆に言えば、判断能力が落ちてしまってからでは、自分で支援者を選ぶことはできません。「気づいたら考えよう」では、少し遅いタイプの制度なのだと思います。ちなみに、2026年には関連する民法改正が成立していますが、施行は早くても2028年頃の見込みで、当面は現行の仕組み(公正証書での契約締結が必要です)がベースになるようです。

おわりに

介護する側だった自分が、いずれ受ける側になるかもしれない。そう考えると身構えてしまいますが、今日できることは、案外小さなことなのだと思います。かかりつけ医を決めておくこと。「これに気づいたら伝える」と、自分の中で決めておくこと。そして、元気なうちにしかできない備えがある、ということを知っておくこと。

まさぴー
まさぴー

なるほど、特別なことじゃなくて、かかりつけ医を決めておくとか、伝える相手を決めておくとか、今日からできることなんだね

フリージアの香りがしなかったあの日のことを、今度は自分自身への問いとして、時々思い出してみようと思います。